心に残った言葉

久しぶりにI教授のHPをのぞいたら、なんだかタイムリーな内容で・・・

『言葉少なに威厳を保とうとするのではなく、ほがらかによく話し、笑い、笑わせなさい。すべてを知っているかのようなふりをすることもなく、答えるべきではない質問には、たとえ失望されてもよいから、「わかりません」と答えなさい。感情を捨てたふりをすることもなく、怒るべき時には怒り、泣くべき時には泣き、喜ぶべき時には無邪気に喜びなさい。偉そうなイメージを醸し出すのではなく、現実に賢く振舞う姿を示すことによって、真の信頼を得なさい。人間としての自分の弱さを、堂々と公開しなさい。』

と書いてあった。

ここ数日どんよりと私の心にのしかかっていたことが、この言葉によって救われる。

素直にそのままでいい・・・

大切にしたい今の時間

昨日駅前のショッピングセンターで買い物していたら夫が現れた。
まだ6時半。
明るいうちに夫と一緒に帰る。
ありえなーーい♪とまるで若い娘になったようにはしゃいでいたわたし。

定時に帰ってゆったりと食事してお茶してDVD見てバカなことを言っては大笑いして・・・
こんなありふれた毎日が本当にありがたい。
今までの20年間でできなかったことが一気におとずれてきている。

ゆとり・・・大事だなって実感。
それとともに毎日12時すぎに帰っていたチョット前までの生活は夫婦お互いにいっぱいいっぱいだったんだろうなって思う。
なんだか自分たちを心から誉めたい気分。

念ずれば花開く。
母が「心の中で思い続けていたら必ず実現するよ」と言っていたけど本当にそうなった。
執着やこだわりは反対の作用をするけど、豊かな気持ちでお互いの幸せを祈っていれば必ずそうなるんだね。

夫と出会ってから初めて経験するこのゆとりの生活。
大切にしなくちゃもったいない。
次のステージがくるまで、今は今を大事に!

母と娘

心が重くなってくると、何となく母に電話してしまう。
「自分に正直に生きなさい」その一言で救われる。
私は光に向かって生きたいから、その言葉に後押しされる。
自分を偽りたくないから・・・

昨日電話で話している最中、玄関にどなたかみえたようで、
母は受話器を置いたまま玄関に行った。
私はかすかに聞こえる母の声を聴きながら、
ふんわりただよっていた。

そしたら風が吹いた。
新鮮な風が心の中を吹き抜けて浄化された。

「そうなんだ。単純なこと。
 みんな鏡なんだ。
 すべては過去の私を映し出してくれる鏡。」

 『ごめんね』『ありがとう』
 その言葉が私の心を包んでくれた。

母が電話に出た時には
「もう大丈夫。お母さんがいなくなってぼーっとしてたら
 ふ〜っとひらめいたんだよ。
 みんな私自身の内側のこと。
 それを気づかせてくれたみたい。
 もう大丈夫!」と言えた。

母は「さすが〜♪」なんておどけていたけど・・・


夜娘から電話がかかってきた。
いろいろあってもやっぱり父親より母親みたいで・・・
なにやら落ち込んで電話してきた。
私は何も迷わず、「リスクを負ってもしたいことを大切にしたら。やりたいことは迷わずしたらいいの!」って言った。
娘はまさか私にそんな言葉をかけてもらえるなんて思わなかったみたいで、あっけにとられたらしく・・・
でもその言葉に押されて一変に笑顔の声になった。
「そうだね。そうするよ!」と。

娘が言った。
「友だちからの言葉が1だとしたらお母さんの言葉は3倍ぐらいの力で後押ししてくれる。やっぱり母親の力ってすごいね」と。

私は笑ってしまった。
「あなたの愚痴を聞くことくらい。ぜーんぜん大したことはないよ。友だちは本音を言いたくても相手に嫌な顔されるんじゃないかとかいろいろ気を遣ってなかなかハッキリいえない面があるけど、母親は絶対的な自信で子どもに言えちゃうからね。」

娘は私に。
私は母に。
親子ってやっぱりいいな・・・としみじみ感じた夜。

「お父さんに電話かわろうか」と私が言うと、娘は
「あっ、いいいい。またの機会でいいから」と。
夫さま、なんだか淋しそうでございましたわ。

でも私はわかっている。
彼女は絶対的な信頼を夫に寄せていると。
私がそうであったように、何かあったら命がけで自分を救ってくれるということを彼女は知っているはず。


夜中夫と話した。
何もないってありがたいねと。
夫の両親も私の母も心配ない状態。
子どもたちもそれなりに暮らしてくれている。

今は何もない状態を感謝しながら大事に楽しみましょう。
人生はその繰り返しだから・・・

そっと見守る

どうして元気になったんだろう。
どうしてやる気が起きてきたんだろう。
ある日突然・・・

聞いてみたい衝動にかられながら、でもさりげなくそのままに・・・
優しく見守ってあげていたい・・・

どんな結果が訪れても私はそれを受けとめる。
それがきっと最善の道だから・・・
なるように流れているのだから。

だから泣きそうになるくらいの喜びも、
今はそっとそっと胸に秘めて・・・

執着せず、結果を求めず、私は今を生きる。
誠意をもって、まごころをもって。

娘からの電話もうれしかった。
それもさりげなく・・・さりげなく・・・
自然に自然に・・・

今日も穏やかに暮らせる。
ありがたい。感謝。

シフトチェンジ

ひどい眠気に襲われる日々だった。
こんな時は魂の作戦会議だなんてどこかの番組で言っていたけど。。。

いつも大きな変化を迎える前に強烈な睡魔に襲われる。

その意味がわかった。
昨日の一通のメールで。
うれしかった。
やっとやっとこの日が来たと。

でもまだ安心してはいられない。
私なりに日々を丁寧に暮らしていく。
ユーモアと微笑みをもって。
ぬくもりと安らぎをプレゼント。
もう愚痴はこぼすまい。

引き算の人生。
控えめに控えめに。

実は心配だった

飲み会も上司と一緒となると夫のことが気になった。
大丈夫かなと。
バリバリのサラリーマンだった彼。
自信に満ちていた頃の彼。

その頃は私も一緒になってがんばっていた。

今日ある人とのやりとりの中で、私がしょっちゅう夜中に夫を迎えに行っていたことを思い出した。
もう忘れていた。
本当にしょっちゅうだった。
「最終がない。迎えにきて」と。
当時は子どもたちもまだ学生。
朝早くお弁当を作らなくてはいけない。
そんな中、眠気をがまんして遠くまで迎えに行っていた頃のこと思い出した。
二人ともストレスでいっぱいだったはず。
そりゃ太りますがな。
徹夜の夫に着替えを届けに新大阪まで車を走らせたことも何度かあった。

今の生活がいい。
これでいい。

あのままずーっと突っ走っていたら、夫も私も倒れてた。
心も身体も病んでいた。
お互いを思いやるゆとりもなくしてた。

この時間が宝。
何にもかえられない宝。

あとは天におまかせ。
私はひたすら感謝。

不思議な世界よさようなら

昨日は昼から目黒の庭園美術館に行った。
庭園のベンチに腰掛けて、家族連れをのんびり眺めていた。
楽しそうな親子連れを見ながら、
「もっともっと子育てを楽しめばよかったなぁ〜。
 今の私なら、子どもと一緒に川に入ってびしょ濡れになりながらでも
 大はしゃぎして遊んじゃうだろうになぁ〜」って夫に話した。

「あっでも、伊勢にキャンプに行った時はあなたと子どもが
 とっても楽しそうに海で遊んでいて、私も思わず着替えて海に入ったっけ。
 『日焼けなんて気にしないぞー!』って。」

そうしたら夫が笑いながら
「あの時おかしかったよな。demiがおぼれちゃって。
 僕は子どものことは心配して気を配っていたけど、まさかdemiが溺れるなんて。
 必死で犬掻きみたいにバタバタやってたよな。
 テレビで子どもが溺れるシーンといっしょだった」

何もかもがもう懐かしい時代となり・・・

そして夜は目黒のライブハウスで予約していたライブを楽しんだ。

不思議な世界よさようなら。
昨日のライブのお陰ではっきり別れを告げることができた。
迷っていたあの頃の自分に
不思議な世界に依存していた自分に

これからはしっかりと自分の直感を信じて、地に足つけて地道に汗を流しながら生きる!